「ああ、田中君か、研究発表は無事終わったかい。」
「いえ、発表は2時間後なんですが、しないことにしました。というかできません」
「何を言っているんだ、よくわからん、説明しなさい。」
電話してきた修士学生の田中君は1年後輩の吉冨君と一緒に秋の神戸の甲南大学に赴いていた。二人ともファイタータイプであり、良く勉強し、良く仕事をする頼もしい学生だ。1年がかりで成し遂げた研究成果を甲南大学で開催されている応用物理学会にて発表することにした。発表のリハーサルは厳しく何回も発表資料の修正を重ね、長時間多数回の練習をした。毎日厳しい研究活動とリハーサルが続いたのに二人とも愚痴や文句を言わない。世の大学生は夏休みのバカンスの真っ最中なのに。全く立派な人達だ。
「発表用のOHPシートがないんです。電車の網棚に置き忘れました。」
「え?」
「岡本駅で降りて甲南大学に向かう途中で気が付きました。駅に戻って、駅員に問い合わせましたが、終点の梅田駅で遺失物確認が確認してから岡本駅に戻すかを決めるそうです。発表にはとても間に合いません。」
当時、研究会の発表にはOHP(オーバーヘッドプロジェクター)が使われていた。投射機だが、透明のビニルシート(OHPシート)に絵やデータを書いて装置に置くとスクリーンに奇麗に映し出される。発表者はOHPシートを映しながら説明をする。大昔は色ペンを使って手書きで資料作りをしたが、PCソフトが開発されて便利になった。しかし未経験の人には資料作りは簡単ではない。田中君も当然ながら何回も書き直した。研究の内容を字でわかりやすく書く必要がある。しかも見やすく書かなければならない。大きく適切な言葉を最小限連ねて書く。パッと見て意味が取れるようにしなければならない。当然字句だけではなく、絵や図面が必要である。研究のコンセプトを聴衆に伝えるためには絵が欠かせない。どんな絵を描くか工夫が必要だ。絵だけで10回は書き直しをする。色合いが悪いと先生に怒られる。美的センスが求められる。さらに実験で取得したデータをグラフにして表示しなければならない。気合を入れて研究をするから沢山データがでる。全てを見せようと10本、20本のデータ線が躍る。分けがわからなくなる。ダメだしを食らう。重要なデータを聴衆が観察できるようにシンプルで美しいグラフになるよう何回も作り直す。
3週間に及ぶ苦労の準備作業の末に田中君は20枚に及ぶ立派なOHPシートを完成させて勇躍現地に持ち込んでいた。しかし、連日の作業の疲れか、あるいは新幹線、地下鉄、阪急電車と乗り継ぎ旅の疲れか、うっかり大切なOHPシートを入れたカバンを網棚に忘れて岡本駅で降りたらしい。
突然、15年前に中村輝太郎先生の本で読んだ記事が蘇った。海外の学会に出張されたある先生の話。発表資料をスーツケースに入れて飛行機の手荷物に預けたのだそうだ。運が悪いことに現地にはスーツケースは運ばれなかった。地球の遥か彼方の別の場所に運ばれていったらしい。発表資料を失った傷心の先生は止む無く発表叶わず帰国する、と現地で出会った中村先生に告げられたそうである。
「ちょっと待て、考えるから5分後にまた電話しろ。」
今日の発表のためにどれほどの努力をしたと思う。時間だけではない、金だってかかっている。このまま無為に諦められるか。もう時間はないが5分間落ち着いて考えよう。大学はいま夏休みだが、甲南大学は応用物理学会開催中だから生協の店舗は営業しているだろう。文具コーナーもきっと開いている。加えて田中君は並外れて有能だ、まだ道はある。あっという間に5分が過ぎた。
「もしもし、田中です。」
「今どこにいる。」
「甲南大学のキャンパスです。」
「よし、生協があるだろう。開いているはずだ。吉冨君と一緒に行ってくれ。」
「はい」
「生協でOHPシートを買うんだ。必ず売っている。それに赤と黒のマジックペンも買え。」「はあ、分かりました。」
「OHPシートを手に入れたら、何処か広いテーブルを見つけるんだ。食堂がいい。食堂に行け。そこでお前が直にOHPシートに手でマジックで書いて資料を作れ。」
「手で書くんですか。」
「そうだ、お前は良く頑張っただろう。だから資料の内容は全て頭に入っている。思い出せるだろう。」
「はあ、それはそうですが。」
「だから手書きで描いた資料を使って発表するんだ。」
「え、てっ手書きの資料でですか。」
「そうだ、文句言うな、後1時間半ある。お前ならできる。発表する資料だけでいいから作るんだ。予備は忘れろ。諦めるんじゃない。面倒な図面は吉冨に手伝ってもらえ。」
「はい、分かりました。」
1時間半か、ぎりぎりの時間だ。3週間もかかった資料だ。簡単にできる事ではない。もし私がOHPシートを忘れたらどうするだろう。手書きにトライするか、それとも発表会場の座長に事情を話して発表を取り下げてもらうか、迷うだろうな。手書きなんてかっこ悪いし、良い発表になる絶対の自信はない。止めたほうが名誉を守れるかも、なんて悩むかもしれない。当事者とはそんなものだろう。どっちも可能性があるように見えてしまい身動きできなくなる。可能性の美学。結局何もせず時が過ぎる。神戸から遥か東方どうしようもなく離れていたほうが客観的になれるのかもしれない。道は一つしかない。離れていればベクトルは明確に定まって見える。しかし当事者は五里霧中。
そういえば植村直己さんの本に面白い話があった。植村さんは史上最高のクライマーで次々に未踏峰を開拓された人だ。憧れのヒマラヤ。仰ぎ見る剣が峰。目標は明確に定まっている。獣をも阻むどんなに厳しい道のりでも植村さんの歩みを止めることはできない。彼に登れない山はない。しかし頂上付近では大いに悩むことがあるそうだ。遠く仰ぎ見るときは定まっていた山頂が近づいてみると、どこが本当の頂かわからないそうだ。旗が立っているわけではない。ごつごつした岩場である。あっちの方が少し高い、右にもまた登りがありそうだ。うろうろと彷徨ようことがあるそうだ。現場とはそんなものだろう。厳しいものだ。OHP資料をなくした田中君の狼狽はいかばかりだっただろう。いったいどうすればよいか、どちらに進むべきか悩んだだろうな。よく電話してくれたものだ。そしてベクトルは定まった。でも今も厳しいだろう。1分1秒の時間を無駄にできない極限状態。彼は字が上手かったっけな。まあそんなことはどうでも良い。聴衆が理解できれば良い。発表の10分前には会場に入らなければならない。ぎりぎりだ。信じるしかない。
三時間後に電話が鳴った。
「もしもし、田中です。」
「終わったか。」
「終わりました。」
「そうか、お疲れさん。吉冨君は近くに居るかい。」
「はい、代わります。」
「もしもし吉冨です。」
「やあ、お疲れさん、忙しかったね。」
「はい、忙しかったです。」
「田中君の発表はどうだった。」
「はあ、なんか、最後のリハーサルと同じ様でしたね。」
「そうか、流石だね。」
「さすがですね~。」